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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)1674号 判決 1994年7月11日

原告

冨田清正

ほか二名

被告

齋野進夫

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告冨田清正に対し金一一三九万三七一〇円、原告冨田マユミに対し金五四七万一八五五円、原告冨田幸子に対し金五四七万一八五五円並びにこれらに対する平成元年三月三日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告ら、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは各自原告冨田清正に対し金二八五二万〇一七三円、原告冨田マユミに対し金一三六六万〇〇八七円、原告冨田幸子に対し金一三六六万〇〇八七円並びにこれらに対する平成元年三月三日から支払済みにまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

普通乗用自動車と足踏み式自転車が衝突し、足踏み式自転車の運転者が傷害を負い、その後死亡した事故に関して、その遺族が、死亡は本件事故によるものであると主張して、死亡等の損害については、普通乗用自動車の運行供用者かつ運転者の雇用者に対し自賠法三条ないし民法七一五条に基づき、運転者に対し民法七〇九条に基づき、死亡等の損害について損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実(証拠によつて認定する事実については、適示する。)

1  亡冨田美喜代(亡美喜代)は、平成元年三月三日午後三時二〇分ころ、足踏み式自転車(原告車両)を運転して、大阪市平野区流町一丁目七番一号先大阪羽曳野線(本件道路)路上に設置されている交通整理された自転車専用横断道路上(本件横断道路)を南から北に横断していたところ、本件横断道路西側停止線付近で停止していた被告車両が西から東に発進し、原告車両と出会い頭に衝突した。

なお、被告車両のすぐ南側で、ダンプカーが本件道路西側停止線付近で停止していた。

2  亡美喜代は、本件事故により、第一二胸椎圧迫骨折、頭部打撲、腰部挫傷の各傷害を負つた(甲二)。

3  亡美喜代は、本件事故当時、肝障害の既往症があつたが、平成元年一〇月六日肝硬変によつて死亡した。

4  亡美喜代の相続人は、配偶者である原告清正、子である原告マユミ及び原告幸子であつて、相続分は、それぞれ二分の一、四分の一、四分の一である。

5  被告会社は、被告齋野を雇用しており、かつ、被告車両の運行供用者であつて、本件事故は、被告会社の事業の執行につき、引き起こされたものでかつ、被告車両のその運行によつて引き起こされたものである。

6  亡美喜代ないし原告らに対し、本件事故による賠償として、合計金一一五万三〇七八円が支払われている。

二  争点

1  被告齋野の過失の有無

(一) 原告らの主張

本件事故は、亡美喜代が、本件横断歩道を青信号で横断走行中、信号が黄色に代わつたので、急いで横断しようとしたところ、その西側停止線付近で停止していた被告車両が対面信号が赤であるにもかかわらず発進して、原告車両と出合い頭に衝突したものであるから、本件事故は、被告齋野の赤信号無視ないし見落とし及び前方不注視の過失によるものである。

(二) 被告らの主張

争う。

被告齋野は、青信号に従つて発進したものであるから、赤信号無視ないし見落としの過失はない。

被告齋野が発進した際、右側には、ダンプカーが停止していたところ、被告齋野は、その発進に合わせるように自車を発進させたのであつて、原告車両を確認することはできなかつたものであるから前方不注視の過失もない。

2  亡美喜代の死亡と本件事故との因果関係

(一) 原告らの主張

亡美喜代には、昭和五六年七月六日に初めて軽度の肝障害が認められ、昭和五七年一一月一日頃より、慢性活動性肝炎で通院治療していたが、本件事故前においては、その症状は小康状態を保つており、急激にその症状が悪化するような状態にはなかつたところ、本件事故の結果、その直後より不明熱や腹部膨満が続き、肝炎が悪化して平成元年一〇月六日、肝不全により死亡した。

亡美喜代は、本件事故が原因となつて、<1>腹水、<2>不明熱、<3>極度の食欲不振及びそのための低栄養状態、<4>短期間の体重減少、<5>不眠、<6>貧血が発症したこと並びに<7>これらの症状の改善のために投与された薬剤による肝障害によつて、肝硬変が悪化して肝不全、死亡へと進展したものである。

通常の症例においては、肝炎発症から一〇年ないし一五年を経て癌となり、三〇年ないし三五年で死亡に至るという進展経過を辿ると言われているのに、急激な悪化が予想されるような症状ではなかつたのに、発症から八年足らずで死亡という結果を来しており、これは、外的要因によるものとしか考えられず、本件事故によるものと認めるべきである。

(二) 被告らの主張

本件事故と死亡との因果関係については争う。

本件事故によつては、直接肝臓には衝撃は与えられていない。

また、亡美喜代の肝炎は、慢性活動性肝炎から確実に前肝硬変状態に進展し、更に本件事故当時は非代償器の肝硬変になつているものであるから、肝硬変による死亡は本件事故によるものとは認められない。

なお、亡美喜代の不明熱や合併症の疑いから投与された抗生剤によつて、肝機能が悪化したことがあつたとしても、本件事故による亡美喜代の受傷は頭部及び第一二胸骨骨折であるから、右不明熱や合併症と本件事故との相当因果関係は不明であるので、本件事故と肝硬変による死亡との因果関係も不明である。

3  逸失利益算定の際の基礎収入

(一) 原告らの主張

亡美喜代は美容師としての資格を有しており、経理上は、その資格を有しない夫の経営する美容院の従業員として給与を得た扱いとなつていたものの、美容院の管理者として届け出られており、美容師法上も、美容院の経営者の立場であつたばかりでなく、実質的にも、その経営に携わつていたものであり、他に、主婦として家事に従事していたものであるから、その基礎収入を算定するには、平成元年の賃金センサスによるべきである。

将来の肝炎の悪化を考えて、将来の逸失利益を控えめに算定すべきという議論については、既往症たる肝炎の寄与度減額をするとすると、肝障害を二重に評価するものであつて、不当である。

(二) 被告らの主張

争う。

4  その他の損害

5  身体的素因に基づく減額

(一) 被告らの主張

仮に、本件事故と亡美喜代の死亡との間に因果関係があつたとしても、その死亡には、既往の肝障害も寄与しているのであるから、相当の割合寄与度減額されるべきである。

(二) 原告らの主張

争う。

6  過失相殺

(一) 被告らの主張

亡美喜代は、対面信号が黄ないし赤信号で本件道路の横断を開始し、衝突時には、その対面信号は赤に変わつていたものであつて、被告齋野の対面信号は青であつたこと、前記のダンプカーの存在、亡美喜代は本件横断道路から交差点中央寄りを進行していることからすると、亡美喜代にも相当程度過失がある。

(二) 原告らの主張

信号関係は、前記のとおりであるから、亡美喜代には、過失相殺されるほどの過失はない。

第三争点に対する判断

一  被告らの責任及び過失相殺

1  本件事故の態様

(一) 甲五、六、三四ないし三八、検乙一ないし三、被告齋野本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

本件事故現場は、東西に伸びる片側二車線の直進路(本件道路)と、ほぼ南北に伸びる中央線のない狭い道(本件交差道路)との交差点(本件交差点)内であつて、南北に本件横断道路が設置されており、本件横断道路は信号機によつて規制されていたが、車両側、自転車側とも青、黄、赤の信号があり、全赤がなく、車両側、自転車側とも黄が五秒であつた以外の信号周期の詳細は不明である。本件道路はアスフアルトで舗装されており、路面は平坦であつて、本件事故当時路面は乾燥していた。本件道路の最高速度は時速四〇キロメートルに規制されており、本件交差道路は北行き一方通行であつて、信号機は作動していた。本件事故現場付近は市街地であつて、交通量は普通であつた。なお、本件事故現場付近の概況は別紙図面のとおりである。

亡美喜代は、本件交差点の南西角付近から、対面の青信号に従い、本件横断道路のやや東側を南から北に横断していたところ、信号が黄に変わつたので、急いで横断しようとして、脚を速めて進行し、別紙図面付近のダンプカーが発進し、急停止したのを認めたが、それによつて視界が遮られ、注意を奪われたため、被告車両に気付かず、そのまま進行したところ、同図面<ア>付近で、同図面<3>付近の被告車両と衝突した。

被告齋野は、側方で発進したダンプカーを認め発進したが、その際の対面信号は未だ赤であつた。被告齋野は、ダンプカーが停止したので、危険を感じ、ブレーキをかけたものの、同図面<3>付近で、同図面<ア>付近の原告車両と衝突し、同図面<4>付近で停止した。

(二) なお、被告齋野は本人尋問及び実況見分調書(甲六)の指示説明において、被告車両は対面信号が青となつてから発進したと供述しているが、甲五、三四、三五によると、亡美喜代は、生前家族らに、対面信号が青信号で横断を開始し、横断途中で黄信号となつたので急いで渡ろうとした際に被告車両と衝突した旨述べているところ、甲六によると、原告車両が発進した歩道から衝突地点までの距離は約一二・一メートルであることが認められ、通常の自転車の速度は時速約一五キロメートル前後即ち秒速約四メートルであることは当裁判所に顕著であるから、原告車両が衝突地点まで到達するのに三秒前後かかるのに、前記のとおり本件交差点の黄信号は五秒あるので、ある程度の誤差を考慮しても、亡美喜代の生前の供述と、被告齋野の前記各供述とは矛盾している。そこで、被告齋野の前記各供述の信用性を検討すると、被告齋野は、その本人尋問において、対面信号が青になり、ダンプカーが発進を始めてから一メートル程先に進んでから発進した旨述べ(七項)た上、青信号に気付いた後、ダンプカーが発進し、それから発進した旨述べ(六〇項)ているところ、信号待ちをしており、信号が青に変わる瞬間に気付いたとしながら、すぐ発進していない点がやや不自然であるし、右本人尋問において、自己に有利な点についての具体的記憶が鮮明であるのにその余の事実になると記憶がほとんどない点も、その信用性を損なわせるものであるし、甲三五、被告齋野本人尋問の結果によると被告齋野は本件事故によつて行政処分を受けることを恐れていたことが認められ、この事実も、被告齋野の前記各供述の信用性を弾劾するものといえる。一方、前記亡美喜代の供述は、反対尋問を経ていないという問題はあるものの、対面信号が黄に変わつたという自己に不利益な事実を認めるものである点で信用性は低くないというべきである。これらを総合すると、被告齋野の前記各供述は証拠として採用することはできない。

2  当裁判所の判断

前記認定の事実からすると、被告齋野が本件交差点に進入した際の信号は赤であつて、亡美喜代が進入した際の信号は青ではあるものの、亡美喜代が進入した後信号は黄に変わつたこと、原告車両が、被告車両の側面に衝突していること、被告齋野から見ると、亡美喜代の進行していた位置が自転車横断帯を越えた位置であつたこと、被告齋野はダンプカーによつて視界を遮られている状況であつたことからすると、亡美喜代の過失は一割をもつて相当と認めることができる。

二  本件事故と亡美喜代の死亡との因果関係及び身体的素因に基づく減額

1  肝炎に関する医学的所見

証人浅井の証言の他、甲二二、二三、二七、乙二(特に以下に適示する部分)によると、以下の事実を認めることができる。

慢性肝炎とは、六か月以上肝臓に炎症が持続している状態をいい、活動性と非活動性に分類される。慢性活動性肝炎とは、ある程度の小葉ないし細胞浸潤と、肝細胞の変性ならびに壊死を伴うものをいい、逆に、慢性非活動性肝炎は、それらの変化がいずれも軽度なものをいう(甲二三中の五、六頁)。

肝硬変とは、肝の実質細胞の破壊、再生及び結合織の増成があり、その結果肝臓が小さく、かつ硬くなる状態をいうが、この時、肝細胞の著明な再生能力によつて、肝細胞の壊死の後それに続く再生が反復することによつて、正常な小葉構造が消失し、偽小葉が形成されるので、肝内の病変が進行性、非可逆的となつていく。これを機能的に見ると、肝細胞の機能不全を伴い、晩期になると、門脈圧亢進症、食道静脈瘤、腹水、肝性脳症、肝細胞癌等の種々の併発症の出現をみるのが特徴である。ただ、肝硬変における肝機能不全の程度も多様で、日常生活にほとんど支障をきたさないものから、生命の危険のあるものまであり、臨床症状、病態の幅がたいへんに広い。このことから、肝硬変を代償性、非代償性に分類することが行われており、前者は、その機能を予備力として代償している状態即ち、臨床的には、肝機能不全を表す、黄疸、腹水、肝性脳症等の症状を示さない状態をいい、後者は何らかの補助的な処置をとらないと肝機能をまつとうできない状態即ち、右記の各症状を示す状態をいうが、これらの症状は、運動、飲酒、薬剤、感染症等の肝臓に対する負荷の程度によつて出現したり、しなかつたりするものであるから、代償性と非代償性の区別も相対的なものである(甲二二中の二七〇頁、甲二三中の五、一七ないし一九、三七、一八九頁)。

進行性の場合には、慢性肝炎、代償性肝硬変、非代償性肝硬変と連続的に進展するため、前二者の識別も容易ではなく、肝硬変と診断するには、超音波診断(US)、コンピユーター断層撮影(CT)によつて、肝臓や周辺臓器の肝硬変に伴う形態異常を確認したり、GOT値がGPT値より大きいこと、ChE、コレステロール値の低値、ICG検査の数値が三〇パーセント以上であること等によつて推認したりするが、確定診断には、腹腔検査または開腹による肉眼所見ないし肝生検が必要である。また、肝硬変に進展しているか否か判断が困難な境界域の病変を前肝硬変という(甲二二中の二七〇頁、甲二三中の一七ないし一九、三七頁)。

C型肝炎は、C型肝炎ウイルスによつて発症するウイルス性肝炎で、主に輸血によつて、場合によつては家族間感染によつて発症するが、感染経路の不明なものもある。C型肝炎ウイルスに感染しても発症しない例もあり、一定の潜伏期間を経た後始めて発症する例もある。C型肝炎ウイルスの発見により、それまで非A非B型肝炎とされてきたもののうち、慢性のものの大部分(約八〇パーセント以上)はC型肝炎であることがわかつた。C型肝炎は遷延化が極めて高率に起こり、慢性肝炎に移行する例が多く、C型慢性肝炎は、非活動性ないし軽い活動性の慢性肝炎で長期間経過し、その後活動性に転じた後、徐々に肝硬変に移行するものが多い(甲二二中の二六二頁、甲二三中の一四、四四、四五頁、甲二七の一三〇、一三一頁)。

非A非B型慢性肝炎において、六年の観察期間中に慢性肝炎から肝硬変に移行した例が一一例中二例であつて、輸血歴のある非A非B型肝炎において、肝炎初発より肝硬変の診断確定までの期間は、生検例で九例について調べたところ二四年から二六年であり、剖検例で一〇例について調べたところ六年から二一年であつた旨の報告がある(甲二三の七八、七九頁)。

肝硬変の死因としては、肝性脳症を発症したまま死亡する肝不全死、食道静脈瘤からの大出血を主因とする消化管出血死及び合併した肝細胞癌による癌死が主要なものである。以前は、肝硬変は予後の不良な疾患であつたが、検査技術の進歩による早期発見、栄養状態の改善、肝性脳症治療、腹水治療、食道静脈瘤に対する外科手術も含めての各種治療法の発達、肝細胞癌の早期発見と早期治療の普及発展によつて、予後は著しく改善し、肝硬変と診断された時点からの生存率は、ある調査(一九七五年から一九八六年)では、五年が六〇パーセント強、一〇年が四〇パーセント弱、一五年が二〇パーセント弱となつており、また、C型ウイルス性肝硬変のみを対象とする調査(七五例)での生存率は、五年で八五パーセント、一〇年で五七パーセント、一五年で三七パーセントであつた。(甲二七の一三七、甲二三中の三一五、三一七頁)

なお、本件事故当時は現実的ではなかつたものの、現段階ではC型肝炎に対しては、インターフエロンの投与が行われており、患者の年齢、肝炎の病歴の長さ、ウイルスの量、C型肝炎内でのサブタイプによつて治療成績が異なるが、一般的には、投与されたうち、ウイルスが消えるのは全体の四〇パーセントといわれている。なお、非A非B型肝炎に対するインターフエロンに関し、六四の症例中、治療中、後のGPTの推移について、持続正常化した例が六、投与中正常化した例が三四、不変であつた例が一八であつたとする報告がある(甲二二中の二七六頁)。

慢性肝炎、肝硬変の進行を速める負荷としては、疲労、低蛋白等の栄養不良、水分の取り過ぎ、薬剤特に抗生剤の投与、アルコール摂取等が挙げられるが、交通事故によるストレスや打撃のシヨツクで直接肝障害が悪化することはない。また、慢性肝炎、肝硬変によつて直接発熱することはない。

2  本件事故前の亡美喜代の肝臓障害に関する症状の経過甲二六、証人浅井の証言の他、以下適示する証拠によると、以下の事実を認めることができる。

亡美喜代は、昭和五五年六月の集団検診においては、検査数値上肝障害は窺われなく、その後も明らかな輸血歴、血液汚染歴もなかつたが、昭和五六年七月には、肝障害を表す検査結果が出現した(甲二四、二五)。

亡美喜代は、昭和五七年一一月一日、慢性肝炎の疑いがあるとして、緑風会羽野病院からの紹介で(甲一〇の三三丁)、大阪警察病院に通院を始め(甲一〇の一丁)、同年一一月四日同病院に入院し(甲一〇の三八丁)、安静にして経過観察し、同年一一月二九日腹腔鏡下肝生検を受け、非A非B型慢性活動性肝炎の診断を受けた(甲一〇の三四丁)が、その後検査データが安定し、顕著な臨床所見もなかつたため、昭和五八年三月七日に退院した(甲一〇の三八丁)。

亡美喜代は、その後も同病院に通院し、経過観察を受けたが、昭和六〇年一二月一七日、発熱、全身疲労を訴え、トランスアミナーゼの上昇を認めたため、入院し、安静にしていたところ、症状の改善を認め、昭和六一年一月三一日退院した(甲一〇の八六丁)。なお、この時点においては、肝機能のデータが、第一回目の入院時点とほとんど同じであるので、病態としては余り変わつていなかつたものである(この段落中の入院中の経過について甲一一、一二)。

亡美喜代は、その後も同病院に通院し、経過観察を受け、臨床診断としては、肝硬変の所見はなく、昭和六一年六月二〇日の腹部超音波検査上も肝硬変の所見もなかつた(甲一〇の一〇九丁)が、昭和六二年三月五日の腹部US上肝硬変が疑われた(甲一〇の一五一丁)ところ、病態を把握するために、昭和六二年七月四日同病院に入院し、同年七月六日腹腔鏡下肝生検を行つたところ、前肝硬変と診断され(甲一〇の一五六丁)、昭和六二年七月一〇日退院した(甲一〇の一五四頁)(この段落中の入院中の経過について甲一三ないし一五)。

亡美喜代は、その後も同病院に通院し、経過観察を受けたが、昭和六三年二月九日に始めて脚に少し浮腫が起こつたが、利尿剤で完全にコントロールできる状態であつた(甲一〇の一七八丁)。その後、亡美喜代は、昭和六三年八月九日ICG検査において、三七・一パーセントという数値を記録したので、肝硬変であると診断を受けた(甲一〇の二〇五丁)。

亡美喜代は、その後も同病院に通院し、経過観察を受けたが、平成元年二月一〇日腹部USを受け、腹水が少量認められたため、肝硬変と診断された(甲一〇の二三六丁)が、その時点では、腹部の膨満感は訴えていなかつた(甲一〇の二三五丁)。なお、この段階まで、亡美喜代には、黄疸、肝性脳症による意識障害、触診でわかる程度の腹水は認められていなかつた(甲一〇ないし一五)。

3  本件事故後の亡美喜代の症状の経過

前記認定の傷害に、甲二六、証人浅井の証言に以下で適示する証拠を総合すると、以下の事実を認めることができる。

亡美喜代は、本件事故により第一二胸椎圧迫骨折、頭部打撲、腰部挫傷の傷害を負い、平成元年三月三日から同年三月一四日まで、緑風会病院に入院して、安静、投薬(抗生剤も含む。)及び持続点滴の治療を受けたが、食欲不振で、体重が減少し、腹部膨満感が憎悪し、発熱が持続した(甲二、甲一七の四六六頁、甲一六の一丁裏)。

そこで、亡美喜代は、平成元年三月一四日大阪警察病院に転院したが、事故による傷害による腰痛、圧迫骨折が認められた他、入院時下腹部膨満感、発熱、上腹部痛を訴えたところ、血液検査では明らかな炎症所見を呈し、熱型は弛緩熱であつたが、腹部レントゲン、検尿では発熱の原因となる様な異常を認められなかつたものの、本件事故による感染症が疑われ、鎮痛剤、解熱剤が投与され、食欲不振のため、点滴を受けた。なお、平成元年三月二九日、食道下部に、盛り上がりが大きい、青く、レツドカラーサインを伴つた食道静脈瘤の存在が認められ、内視鏡的静脈瘤硬化療法が検討された。その後も、熱の原因についての確定診断のため、検査が行われたが、平成元年四月七日に行われた腹部超音波検査において、少量の腹水と、胆のう内に泥状物が指摘されたため、胆道感染症が疑われ、胆汁検査を行つたものの、検査鏡にて結石や膿球は認められず、胆汁の細菌培養で僅かに細菌の存在を証明しただけであり、発熱の原因として特定することはできず、むしろ胆のう炎ではない可能性が高まつた。その後も、原因不明のまま発熱が持続するので、平成元年六月一三日から広域スペクトラム抗生剤としてシオマリンを投与したものの、解熱しなかつたため、同年六月一九日トミポランに変更したところ解熱した。しかし、平成元年六月二七日トミポランを休養したところ、同年七月より再度発熱したので、トミポランを再投与したところ、解熱効果は乏しく、同年七月一九日肝機能の悪化をみたため、薬剤性肝障害をうたがつて、抗生剤を中止した、発熱はその後も継続したが原因は以前特定できなかつた。一方、肝機能は、同年七月三一日総ビリルビン値七・一と上昇し、同年八月七日には四・八とやや改善したが、軽度の黄疸が持続した。平成元年八月八日上腹部痛が出現し、血中及び尿中アミラーゼの上昇を認めたことから、急性膵炎と診断し、治療を開始した。この間発熱は持続し、九月には腹水の憎悪、胸水の貯留を認めるようになり利尿剤に対する反応も不良となつた。同年九月一八日には指南力の低下、羽ばたき振戦を認め、肝性脳症と診断した。平成元年一〇月二日重度の黄疸と血液凝固機能の低下を認め、同年一〇月六日多量の吐血で死亡したところ、その原因としては、肝不全に伴う出血傾向と食道静脈瘤が強く疑われたが、解剖によつてその部位等を確認したわけではない(この段につき、甲三、四、一六、一七)。

4  当裁判所の判断

前記認定の肝炎の医学的所見及び亡美喜代の本件事故前後の症状の経過からすると、亡美喜代の肝炎はC型肝炎と推認でき、亡美喜代は一般的な肝硬変あるいはC型肝硬変から死に至る時間経過(一〇年で生存率五〇ないし六〇パーセント)に比べ相当短い(約一年二か月)ものであつて、特に本件事故前は、本件事故の約一か月前少量の腹水は認められた以外には目立つた症状は認められず、特に速い経過ではなかつたのに、本件事故後の症状の経過は急激といつてよいものであること(本件事故後約七か月で死亡している。)、亡美喜代には本件事故による治療としての持続的な点滴投与及び薬剤の投与並びに食欲不振による低栄養等の肝臓に負荷をかける要素があつたこと、特に、本件事故前にはなくその後継続していることから、本件事故による感染症を原因とする可能性を否定できない発熱に対する対症療法として投与されたトミポランは、その投与の前後の検査通知から肝臓に負荷をかけ、肝炎を悪化させたと推認されること、緑風会病院においても肝臓に負荷をかける抗生剤を使用していること等からすると、本件事故による傷害に対する治療によつて、亡美喜代の肝臓に負荷がかかり、それによつて、亡美喜代の肝硬変の進行が速まり、この時期に肝硬変によつて死亡してしまつたと認めることができるから、本件事故と亡美喜代の死亡には因果関係があるとするのが相当である。

しかし、亡美喜代の死亡は、直接的には既往のC型肝硬変が悪化したことによるものであるから、民法七二二条の趣旨からすると、公平の観念に照らし、その寄与度を減額するのが相当である。そして、本件事故直前の亡美喜代の症状は肝硬変には至つているものの、確定的な非代償性肝硬変とまではいいがたい状況であつたこと、報告されている肝硬変の予後が必ずしも悪いものではないこと、その後の医学の進歩により、その予後の経過は改善の余地が十分あり、現に、現在、本件事故時には現実的でないインターフエロンの投与によつて、少なくとも肝硬変の進行を遅くする余地は十分出てきたこと、本件事故時の亡美喜代の年齢等の前記認定の諸般の事情に照らすと、既往の肝硬変の寄与度は五割をもつて相当と認める。

三  損害

1  治療費 二八四万二七五八円(原告ら主張同額)

甲三九、乙五の一ないし三によると原告ら側が支払つた治療費が九万五九四〇円であること、乙三、六によると被告が支払つた治療費が一〇万一八三八円であること、乙五の一ないし三によると未払いの治療費が二六四万四九八〇円であることが認められ、それらを合計すると、右のとおりとなる。

2  看護費 二六万〇六四〇円(原告ら主張同額)

乙六によると認めることができる。

3  義肢代金 三万五六〇〇円(原告ら主張同額)

乙六によると認めることができる。

4  入院雑費 二六万一六〇〇円(原告ら主張同額)

前記のとおり、亡美喜代は二一八日間入院したものであつて、一日当たりの入院雑費は一二〇〇円とするのが相当であるから、右のとおりとなる。

5  入院慰謝料 二〇〇万円(原告ら主張二一三万円)

前記認定の入院経過、症状の経過(特に受傷自体は比較的軽傷であつたが、症状は重篤となつていつたこと)等からすると右金額をもつて相当と認める。

6  逸失利益 二三三五万六〇六九円(原告ら主張二七二四万八七四七円)

証人浅井の証言(二八丁表、裏)によると、亡美喜代は、本件事故当時肝炎が原因で医師によつて食後の安静の指示及び肉体労働はある程度控える旨の指示がされる程度の病状であつたことは認められるものの、甲三〇ないし三二、甲三三の一ないし五及び弁論の全趣旨によると、亡美喜代は本件事故当時は、原告清正経営の美容院において、実質上の経営者として切り盛りするかたわら、主婦として稼働していたこと、平成元年の原告清正経営の美容師に紹介された美容師の日給は一万七〇〇〇円であることが認められるので、原告が本件事故当時の稼働状況を金銭的に評価すると、当裁判所に顕著な平成元年賃金センサス産業計・企業規模計女子労働者学歴計四五歳から四九歳の年収二八五万八九〇〇円とするのが相当であつて、生活状況から生活費控除率は四割とし、稼働可能年齢である六七歳までの一九年間について、新ホフマン係数によつて中間利息を控除すると右のとおりとなる(小数点以下切り捨て、以下同じ。)。

285万8900×0.6×13.6160=2335万6069円

7  死亡慰謝料 一八〇〇万円(原告ら主張二〇〇〇万円)

亡美喜代の家族関係等を考慮すると、右金額をもつて相当と認める。

8  葬儀費用 一〇〇万円

弁論の全趣旨によると、原告清正は、亡美喜代の葬儀等を主催し相応の支出をしたと認めるところ、本件事故と相当因果関係のある費用としては、右をもつて相当と認める。

9  損害

原告清正 二四三七万八三三三円

原告マユミ及び原告幸子 一一六八万九一六六円

10  過失相殺及び身体的素因に基づく減額後の損害

過失相殺によつて一割及び既往症の寄与度によつて五割控除すると、左のとおりとなる。

原告清正 一〇九七万〇二四九円

原告マユミ及び原告幸子 五二六万〇一二四円

四  既払いの控除

前記の既払い金一一五万三〇七八円はすべて亡美喜代の損害についてのものであるから、相続分に応じて分配されたと推認すべく、原告清正五七万六五三九円、原告マユミ及び原告幸子各二八万八二六九円となるので、それらを前記各損害から控除すると、原告清正一〇三九万三七一〇円、原告マユミ及び原告幸子各四九七万一八五五円となる。

五  弁護士費用 原告清正一〇〇万円、原告マユミ及び原告幸子各五〇万円

本件事故の経過、認容額に照らすと、本件事故に基づく弁護士費用は、各原告に対して、右金額をもつて相当と認める。

六  結論

よつて、原告らの各請求は、被告らに対し各自原告清正が一一三九万三七一〇円、原告マユミ及び原告幸子が各五四七万一八五五円及びそれぞれに対する不法行為の日である平成元年三月三日から支払済みまで年五分の割合の遅延利息の支払を求める範囲で理由がある。

(裁判官 水野有子)

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